自分には自分の「普通」があり、相手には相手の「普通」がある。

人間関係というものは、「人」と「人」との「間」につくられるものです。

人間関係のトラブルが発生してしまうとしたら、それはお互いの「間」で起こることなのだから、お互いに原因を作っていることになります。

誰もが「自分のやっていることが一般的で普通」と思っているものなので、何かトラブルがあったときに、相手がおかしな振る舞いをするからこうなった、と思ってしまうものです(相手側も、そう思っている可能性は高いです)。

しかし、相手には相手の普通があって、それが自分と違うだけという、それ以上でもそれ以下でもない、ただそれだけのことかもしれません。

または、ほんの些細なことを、自分が大きく受けとめすぎている場合もあります。トラブルといえるほどの事柄ではなく、相手もそのような認識でいるため、大きく受けとめている自分との差異が目立つだけなのかもしれないです。だとしたら、「受け止め方という反応は、自分がしていること」なのですから、そのトラブル?は自分が(そう受けとめている、という行為によって)作り出しているともいえます。

「自分に、されたこと」と思うと、相手が悪いと思ってしまうのだけれども、「お互いの間で起こったこと」というとらえ方をしてみると、違う角度からの違う気づきが、得られることもあります。

そうして冷静に考えてみれば、ほとんどのことは「お互いさま」の範疇で、自分だけが一方的に割りをくっている事実は、少ないことに気づかされます(しかし、少ないというだけで、ゼロではないかもしれません。気づく度合いが高い人ほど、配慮の度合いが高くなって負担が大きくなりやすいのは確かなので)。

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