人間関係も出来事も、引き寄せているのは「自分の波長」。

人という存在は、「肉体をもった霊」であるので、誰でも、霊的な性質が備わっていて、その人の備えている感性の幅の中で、エネルギーをやりとりしています。

たとえば、人が近くにきた「気配」を感じたり、盛り上がっている「雰囲気」を感じたりするのも、それに関わっている人たちが作り出したエネルギーがあるためです。そのエネルギーを感じることで「気配や雰囲気がわかる」のです。こういうことも、霊的な感性がつかわれています。

日常の中のあらゆる事柄において、実は、目には見えないエネルギーを、お互いに放ったり受けたりしながら、過ごしています。

同じ要素をもつもの同士が、引きあうようになっている。

人は皆、たましいの個性を備えています。この世は、さまざまな個性を持った人、つまり、まったく同じではない、違いがある人たちが、同じ場所で過ごしながら学びを得ていく環境となっています。たくさんの、さまざまな個性をもった人たちの中で、たとえば、心の状態やたましいの成熟度などの観点から、「同じ要素のある人」や、「同じ要素をもつ出来事」関わりがつくられるというしくみを、「波長の法則」と呼んでいます。

自分の周りにいる人達はすべて、何か同じ要素があるからこそ、出会い、知りあうという、ご縁が作られたわけです。遭遇する出来事についても、自分の中に、その出来事と同レベルの要素が何かしら備わっていることになります。

人との出会いや出来事を、波長の法則と絡めて説明する際に、「自分が、引き寄せている」という表現を使うことがあります。

「引き寄せる」というと、意図的にたぐり寄せた、というようなイメージを抱いてしまいますが、自分にはそんなつもりはなくても、「波長の法則」は必ず作用しますので、出来事は展開していきます。

引き合う要素が、自分の中に備わっているからこそ、同じ要素が集まってくる、という結び付きを、「(引き合う要因は自分の中にあるのだから)自分が、引き寄せている(ことになる)」という意味で、そのような表現が使われるのだと思います。

素敵な人との出会いも、嫌だと思う相手との関係も、自分に引き合う要素が何かしら存在するために起こります。「同じ要素がある」というのは、「何もかも、すべて同じ」という意味ではありませんから、一見、共通点がなさそうに感じる相手とも、気がつきにくいけれども、引き合う「何か」があれば、関わりがつくられることもあるのです。

周囲の人やものごとが、自分自身を映し出してくれる。

人の備えている波長には「幅」があって、高い部分もあれば、低い部分もあります。幅のうちの、高い部分と引き合ってできる縁もあれば、低い部分で共通してしまう関係もありますので、自分の周りには、さまざまな個性や波長の相手がいる(けれども、どこかに共通点はある)、という状態になります。

また、人のコンディションはかわりますから、そのときの状態によって、引きあうものが(自分の備えている幅の中で)上がったり下がったりと変化することもあります。

自分が意識する・しない、にかかわらず、同じものが引き合うという「波長の法則」は、常に作用していきます。つまり、自分の周りの人や出来事を見つめていけば、過去から今に至るまでの、自分がわかるようになっています。

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