前世での職業名のみでは、その学びのすべてを計ることはできない。

自分の前世はどんな人生だったのだろう?と考えることがあるとしたら、おそらくは、「そのときに過ごしていた国名」か、または「職業名」がどのようなものだったかをイメージすることが多いものではないでしょうか。

前世では具体的にどのような経験をして過ごしたのかという点は、どこか抽象的であり、国名や職業名だと具体的なイメージになりやすいためでしょうね。

職業による特殊性から、把握できる要素もある。

中でも、芸術家だったとか、僧侶だったとか、医師だったとかのように、○家、○師のような名称がついている職業などは特に、服装なども特徴的でわかりやすいこともあり、職業名のみを知りたい方は多いようです。

前世での経験を通した学びは幅広いですから、あらゆる事柄や状況によって、性格や性質の一部が培われていくのであり、職業によってその全部が左右されることはないけれど、

しかし、たとえば容姿において、「小柄な女性でした」という表現をするよりは、「女官でした」のほうが、女官ということは・・・おそらくこんな経験をしたかもしれないな、自分の知っているあの小説にでてくる女官のような性格だったかも、というふうなイメージがつかみやすいでしょうね。

また実際に、その職業に就いていることによる家柄だったり、本人の技能だったりという特徴があるでしょうから、逆算して、こういう人物だっただろうなと推察できる要素もたくさんあると思います。

しかし、職業名だけでは計れない部分も多い。

けれど、現代に生きる自分の人生を考えてみたときに、たとえば、今の自分と同じ職業についている人を比較にしてみれば、性格も生き方もまったく統一性はみられないとわかります。どんな人生だったかというのは、実際のところは職業という要素だけでは計れません。

また、前世に、職業名があるとは限りません。前世が女性だった場合は、これといって職業名はない、というケースも多いと思います。今でいう主婦業の方もいたでしょうし、専門職への道が、女性にも開かれてきたのは近年ですからね。

職業名は、その人の一要素であり、それだけで人生や人物を理解したことにはならないのは、前世であっても、今世であっても同じですので、一要素のみにとらわれないようにしましょう。

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