「前世」と「過去世」という言葉には、違いがあるのか?

スピリチュアリズムの基本的なスタンスとして、人は「肉体という物質をともなっている、霊的な存在」であり、いろんな制限のある、この世という場所でのできごとを通して、たましいの成長のために学びを重ねている、という解釈があります。

肉体とは、この世での学びの時間を過ごすための「借り物」であり、内包されている「霊」がメインとなるのが、霊的な観点からの解釈です。

借り物という定義になるのは、肉体は、変化していく「一時的なもの」だからです。内包されている、たましいや霊は「永遠のもの」で、はじまりもおわりもない、どこまでも存在し続けるエネルギーです。

何度も生まれ変わって、学びを続けている。

この肉体をもった人生には、数十年という時間の区切りがあります。時間というのは、この世特有のしくみであり、ものごとは必ず、その流れによって変化していきます。

霊やたましいには、そうした区切りがありません。なぜなら、霊的な世界には(この世でわたしたちが体感するような意味での)時間の変化がないからです。

本来は区切りのない永遠に在り続ける「霊・たましい」ですが、あえて学びのために、この世という場所で、特定の時代や性別や環境を自ら選んで、生まれてきているのが、「今回の人生=今世」ということになります。

この世での、ひとつひとつの人生には、はじまりとおわりの、数十年という区切りがありますが、内包されている「霊、たましい」は永遠のものですので、はじまりもおわりもありません。それらは、今回の人生より前も、今回の人生より後にも、ずっと「存在し続けるエネルギー」なのです。

すべての人に内包されている、「霊、たましい」は、実は、今回の人生よりも昔の時代にも、そのときの学びにふさわしい時代や性別、環境を選んで、「肉体という物質をともなって人生を過ごす」経験を、何度も積み重ねています。

そうした以前の生を「前世」といいます。または「過去世」ともいわれます。

今回の人生においての意識の表層に、前世の記憶が浮かび上がってくることは、ほとんどないものですが、誰もが「以前の生=前世」を、たましいのデータベースの中に、経験値として備えているものなのです。

前世・過去世を、使い分ける人も、そうでない人も。

前世という表現は、そうした「以前の生のすべて」の総称として使われることもありますし、今回の人生の一つ前、「直前の生のみ」を表して使われる場合もあります。これは語る人の解釈によります。

私は、以前の生のすべて=前世、という認識で表現することがほとんどです。

しかし、中には、以前の生すべて=過去世、として、ひとつ前の直前の生のこと=前世、というつかいわけをしている方もいるかもしれません。

よって、前世と過去世を、ほぼ同じ意味で使う人もいれば、特定の解釈をもって使い分けをしている人もいるので、こうした言葉を語るときは、どのような意味合いでその表現をつかっているかを確認していくことが本当は望ましいです。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加