手で、オーラに「さわる」「ふれる」ことができます。

人の周りや、植物の周りなどをとりまいているオーラは、手でふれることができます。

ふれるという定義は、その人の手で、何らかの体感覚を得ることができる、という意味です。どのくらいの度合いで、オーラの実体感をとらえられるかには個人差がありますが、オーラというエネルギーが「ある」という程度であれば、ほとんどの方が体感することが可能です。

ふれたときの感覚として代表的なものは、暖かい気が放たれている感覚、圧がかかるような実体感、ふわっとした空気感、ビリビリするような振動や静電気のような感覚などがあります。

触れる側と、触れられる側との、特徴の兼ね合い。

こうした感じ方は、「オーラを放っている相手のエネルギー的な特徴」と、「手でさわっている側の、受け取り方の特徴」との兼ね合いで変わってきます。それぞれの性質の掛け算なのでバリエーションがいろいろです。

ふれる側が私という同じ人物でも、対象となる相手が、Aさんのオーラ、Bさんのオーラという違いがあると、その両者の間での化学反応が変わるようなもので、Aさんからはビリビリが伝わり、Bさんからは圧が掛かるような感覚がくる、という差が生じることもあります。

わかりやすいのは、オーラの層の際(きわ)。

相手のオーラにふれて、「あ、この位置にエネルギーを感じる」となる位置(空間のどこか)は、オーラの層の際であることが多いです。

層の外側は、ある、ない、という差がわかりやすいためでしょうね。

何層目がわかりやすいかには、ふれる側の人にとっての、把握しやすい層が違ってくるため、一概には言えないですが、一般的には「内側から三層目の際」が、一番わかりやすいように思います。

三層目までのオーラは、肉体と連動している。

内側の1~3層は、肉体と関連が深いオーラです。4層以上の外にいくほど、霊的な要素やたましいの要素との関連が大きくなります。

そうした性質の違いがあるので、3層までのオーラには、外側のオーラと比べて、「エネルギーの質感が、物理的な実体感があるっぽい」とでも言えばわかりやすいでしょうか、変な表現ですけれども笑、そういう特徴があるので、さわった感覚としてわかりやすいようです。

三層目の位置は、その人によりオーラの大きさが変わってくるので多少の違いはありますが、肉体から数十センチ離れたあたりでしょうか。

これは、できればオーラが見えるとかふれる感覚になれている人と、一緒にやるのがわかりやすいです。「このあたりが、こんなふう」と教えてもらえると見当をつけやすいのと、わかる人と作業をすると、皆が同調していくので感覚が引き上げられる効果があるからです。

植物のオーラなら、観葉植物で練習を。

植物のオーラにふれてみるときは、建物の中にある観葉植物がわかりやすいです。

自然の中の植物では、周囲に同じような性質のエネルギーがいっぱいで、その植物からのオーラなのか、周囲の植物のオーラなのかという差異をとらえにくいので、最初は、家の中で観葉植物のそれにふれてみるのがいいでしょう。

植物のオーラも、感覚はいろいろですが、爽やかな風のように感じるという方も、結構多いですね。

自分のオーラに、自分でふれることは難しい。

人のオーラにふれるのは、他人のオーラがわかりやすく、自分のそれにふれることはとても難しいですし、わかりにくいです。

なぜなら、ふれてわかる感覚というのは、「手から放つエネルギ-」と、「対象となるエネルギー」が、   ← というように、お互いに押し合う構図となって、その境目で何らかの「感覚」が生じて感じることになります。

または、自分の(手からの)エネルギーと、対象物のエネルギーとの「差異」「違い」によって感覚が生じることになります。

自分の手で、自分のオーラにふれるとなると、放つのも、ふれるのも、どちらも自分のエネルギーですから差がつかないので、「何も感じない」ということになりやすいです。

ちなみに、オーラを透視することが得意な人でも、自分のオーラを(たとえば鏡越しに)見て把握することはほとんどできませんね。自分と相手との差異という認識が、見る場合でも関連してくるからです。

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