守護霊は、その人のオーラをスクリーンとして背後に見えるケースが多い。

守護霊や先祖霊の存在を霊視するときは、その方のオーラをスクリーンとして、(背後に)うつりこむように可視されます。

そうした位置関係にあるため、守護霊のことを伝える場合に、「後ろにいらっしゃる方」などという表現を使うミディアムもいます。

私もときどき、無意識にそうした言い方になっているかもしれません。

ですが、それは「背後のスクリーンに映っている構図になっている」ということであり、守護霊がその方の近くに「いる」わけではありません。霊の方達がいる場所は、霊界というあちらの世界です。

 守護霊がいる場所は、あちらの世界、霊界です。

別のケースでたとえています。テレビで国会中継をみていて、テレビ場面に総理大事が映っているとします。このとき、総理がいる場所は、自分の部屋のテレビの機器内・・・ではなく、東京の議事堂の中ですよね。そのようすを、離れた場所で、テレビ画面を通してみているという位置関係になります。

基本的には、それと同じようなことです。テレビの画面が、その方のオーラというスクリーンにかわっていて、離れた場所で次元の違うところである、霊界にいらっしゃる方の姿が投影されていて、そのようすを、こちらの世界の霊視者がみているというしくみです。

霊視のなされ方は人によって違いがありますので、オーラをスクリーンにして見える場合もあれば、とくにオーラというエネルギーには限定されず、そのへんの?空間に守護霊が見えるケースもありますが、どちらにしても、「見えている、そこ」に存在がいるわけではない、という点は共通ですね。

霊の世界からは、こちらのことがお見通し。

どうしてこのようなことが可能になっているかというと、霊界とは「全体」であり、こちらの世界が「そのうちの一部分」という関係性になっているからです。

つまり、あちらの世界ことは、こちらに被っているわけです。

厳密にいうと、こちらの世界が「含まれている」ということなのですが。

・・・とにかく、重なっているということです。

「全体の中にある、一部分」を、別のことにたとえるなら「北海道の中にある、一都市である札幌」というような構図になります。ふくまれている一部分なので、札幌に北海道という要素があることは、当然と言えば当然です。

霊の世界から、すべてを見守っている存在。

「あなたの守護霊に、武士がいらっしゃいますよ」というケースがあったとして、武士の霊がいるところはあちらの世界ですから、「いる」の意味は「そういう存在が見守っていらっしゃいます」ということです。その人の近くに武士がいて、二人で一緒に、会社にいったり、買い物にいったりと物理的な移動をするような繋がりではない、ということです。

そういう関係性になるのは、憑依されているときなら、ありえます。憑依する霊とは、浄化していない霊ですから、こちらの世界の次元と近いところにいるからです。

しかし、守護霊や先祖霊は、浄化してあちら側にいらっしゃいますので、姿を見せる場合でも、こちらにわかりやすいようにと、オーラというスクリーンにうつりこんでこられるだけで、こちらに移動して「やってくる」ということではないのです。

なぜなら、わざわざ移動して、やってくる必要性がないのです。部分は、全体に含まれていて、あちらの世界からはすべて、お見通しですから。

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