子どものオーラと、オーラ・リーディングについて。

子どものオーラと、大人のオーラの様子は、まったく違っていて、子どものそれは、大人のミニサイズ版ではありません。

子どもの時期というのは、体つきも中身も、まだ定まっていない成長の余地があり、柔軟さもありますよね。そうした状態が反映した、子どもならではのオーラのようす、というものがあるのです。

ふんわりとした、まるさを感じさせるオーラ。

大人のオーラの様子というのは、頭の近くには内面が反映したり、周囲には状態が反映していて、それは幾つかの「層」になっていたりと、とっても複雑な様子があります。

スピリチュアルな知識でいえば、頭の上のほうに性格な霊性をしめす色があるとか、身体の周囲には7つの層があるとか、そういうことをご存じの方も少なくないでしょう。

しかし小さい子どものオーラは、そうした大人のオーラとは違っていて、オーラ全体が「かたまり」のようにふんわり&ほわーんとしているエネルギーです。

その状態は、たとえて言うなら、空気や水分がたくさん含まれているような、ふんわりフカフカな羽布団のような高級タオルのような風合いで、弾力のあるやわからさを見た目にイメージさせるようなオーラです。

印象として、「まるさ」とか「まろやかさ」みたいなものを感じさせるオーラです。

定まっていない、エネルギーそのもの。

まだ未知数の要素がいろいろありますから、その分、いろんな可能性を含んでいる、瑞々しくてフレッシュな雰囲気があります。

しかし、人生経験が重ねられていない分だけ、定まったものが作られていないというような不確かさもあります。

そのふんわりした定まらない感じが、見方によって、万能感のようでもあり、不確かさのようでもあり、しかしとても強い生命力が含まれているような、そうしたいろんなものを内包したふんわりとしたエネルギーですね。

大人が小さい子に感じる、存在としてのかわいらしさというのは、そういう瑞々しさのあるエネルギーに対しての感覚なのかなと思います。

経験を重ねて成長していくと、オーラも変わる。

この世に生まれてしばらくの間は、誰もがそういう「定まっていない曖昧さもありながら、しかし可能性いっぱいの、柔らかいオーラ」をしています。

あちらの世界から、この世という場所にやってきてまだ年数が経っていないうちは、「エネルギーそのものに近い存在」なのでしょうね。

たましいというエネルギーの領域から、分かれてこちらにやってきた名残がオーラの様子にあらわれているようでもあります。

誰もがそういうオーラの時期を経て、人として身体という器をそなえていろんな経験を重ねていき、個性が確立されていくと、それらの要素がオーラの様子に反映していくようになり、オーラから個性が読み取れるくらいの個別さが出てくるようになります。

オーラリーディングは、大人のためのもの。

そうしたオーラの構成上の違いがありますので、大人に対して行うような、オーラの様子からその人の性質を読み取っていく、性格分析のようなリーディングは、あまり適さないですね。

たましいの個性は、生まれた時点で既に「内包」しています。けれど、それらが、どのような形で表面にでていくかというのは、後天的な事柄が作用していく面もあるので、備えている性質だけでは決まりません。

よって、小さいお子さんのオーラから、内包している要素をお伝えするのは、むしろ可能性を限定してしまう面もあるように思います。オーラリーディングは、大人が楽しんだり参考にしたりするために役立てるもの、という認識がいいのではないでしょうか。

親御さんとしてはいろいろ楽しみもありながらも、心配も不安もあるのはわかります。しかしそういう「いろいろ」があるから学びになります。まだ定まっていないエネルギーのかたまりの時期を一緒に過ごすことで、不安もふくめて学びがあり、得られるものがあると受けとめていくのがいいでしょう。

小さい子といると、オーラから癒されることも。

子どもといると癒されたり、楽しい気分になったりするのは、そうしたふんわりしたオーラから伝わるエネルギーによるのでしょう。

人との関わりとは、オーラ同士の交流でもあるので、自分のオーラを受信器のようにして伝わる「エネルギーがふれる感覚」みたいなものがあって、柔らかさに包まれるようで落ち着いたり、ほっとしたりできるのだと思います。

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