起こった事実と、それに伴って発生する感情は、それぞれ別のものです。

あるできごとが起こったという「事実」と、それに伴って発生した「感情」を、「ひとつ」の同じもののように認識してしまうと混乱が起こります。

それそれを、別のものとしてとらえると、状況の理解が進みます。

事実と感情をわけると、冷静になれる。

「できごと(事実)がそうだった」ことと、「そのことに対して、自分はこう思った」ことは、それぞれ別の要素です。

たとえば、あと少しのところで信号が赤に変わってしまって残念だった、というのは、「信号があと少しのところで変わった」という事実が発生して、それについて自分の、「青のうちにわたりきれなくて、残念だった」という感情が出てきたということですよね。

もうひとつ別のたとえを出すと、買い物にいったら欲しかった商品が売切れでがっかりした、というのは、「買い物にいったら、売り切れていた」という事実に対して、自分が「がっかりした」という感情を抱いています。

これらは、たとえ話としてのシンプルな結びつきであることと、文字を目でみているからわかりやすいですが、言葉で聞いたり、頭の中で考えたりしている事柄については、こうしてわけて認識するのは実は難しいものです。

実際のできごとは、もっと大きなものごとと、もっと大きな感情の結びつきになり、それらを「ひとつ」として認識してしまうと、事実そのものを見ているつもりが、自分の感情を掛け算にして大きく膨らませたものになってしまうこともあります。

事実は大きくないのに、感情を大きく掛け算にして、その結果として「大げさ」になってしまうことも多々あるのです。

わけてとらえることのメリットは、冷静になれることですね。

それによって感情が収まるとまではいかなくても、感情は感情だとわけてしまえば、事実に対する具体的な働きかけの手段を、見つけやすくもなるでしょう。

反射的に感情が大きく出てしまう等の自覚がある人は、こうした思考を「意図的に」行う練習をしてみるとよいです。

思考によって、ワンテンポの遅れがつくられるところが冷静さを呼び起こします。

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