スピリチュアリズムを理解するためには、まずは「カルマの法則」。

スピリチュアリズムを理解して、日々の生活にいかしていこうとするならば、基本原則である「カルマの法則」を理解することがとても大切です。

基本があってこそ、関連するすべての理解が深まる。

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スピリチュアルな事柄に関心をもつ方の多くは、たとえば前世やオーラ、未来を予知する等の、霊能力の行使に興味をひかれる方が多いようです。

それが悪いとはいいませんが、しかし、そうしたわかりやすい事柄のみを意識してしまうと、スピリチュアルなしくみの根本的な理解が進まず、好奇心だけが大きくなってしまうことがあります。

勿論それらの要素も、スピリチュアリズムへの関心を抱くきかっけのひとつとして意義があり、またスピリチュアルに含まれる事柄であることも確かです。

けれど、スピリチュアリズムを理解しようと思うなら、やはり基本原則としての、カルマの法則、つまり「原因と結果が結びつくしくみ」を理解することは欠かせません。

この法則の理解なくして、スピリチュアリズムを理解する階段をのぼっていくことはできません。目立ってわかりやすい事柄のみを拾い上げて、理解が進んだつもりになっても、辻褄が合わないところがでてきて、理解が進まなくなります。つまり、途中で上っていけなくなったら、そこで冷静になって基本に立ち返ることが必要です。

未熟なところを、学ぶために生まれてくる。

人がこの世に生まれてくる理由を、スピリチュアリズムの観点から紐解くならば、「たましいの未熟な部分を、人として過ごす経験から学んで、向上するため」です。

ということは、この世に生を受けたという時点で、誰もが未熟さを抱えていることになり、完璧な人はいないのですから、「自分を含めた皆が、学びをしている途中の存在である」という謙虚さをもつことも大切です。

学びのためにここにいる。そうと理解していても、しかし本音をいえば、わざわざ苦労をしたい人はいないものです。できるなら平穏無事に人生を過ごしていきたいと望むものではないでしょうか。しかし、何もアップダウンがない状態では、自分の未熟さに気づくことができませんから、ときに困難という形をとった「学びの機会」に遭遇するようになっています。

そうした困難な機会は、たましいの成長のために展開している出来事であり、意味のある学びです。

無意味に、または無作為に、困難が降ってわくようなことはありません。たましいにとって必要なことが、学びとして用意されるようになっています。それらに取り組んでいくことで、人は成長し、次の学びが与えられ・・・、おわりなく学び続けていくのが、たましいのしくみなのです。

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