自分と、グループソウルとの構図(繋がりの位置関係)

この世にいきる私たちは、たましいの存在です。身体という器をもっていますが、身体が自分ではなく、内にあるたましいを含めて「自分自身」となります。

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自分の内にあるたましいは、霊的な世界にある「大元のたましい」と繋がりをもっています。

スピリチュアリズムでは、大元のたましいのことを、グループソウルという表現をすることがあります。

たましいの、エネルギー的な「かたまり」「まとまり」が、それであるとイメージしてみるとわかりやすいと思います。

(自分が属する)グループソウルの中には、これまでの転生(生まれ変わり)で経験したできごとや智恵のすべてが蓄積されています。守護霊などの、たましいの親和性が深い存在も,この繋がりの中に含まれます。

グル-プソウル=全体、自分=そのうちの一部分。

たましいの大元である「グループソウル」を、お風呂にはった水に例えて考えてみます。たくさんの量の水が入っています。そこから、バケツで一杯すくって、離れたところに置くとします。

お風呂とバケツの、中身の水は共通していますよね。バケツにとったことで、外の器が変わり、量が限定されたことになります。

グループソウルの中から、一部分をバケツですくって他の場所に置いたのが、「この世で身体という器をもって、人として存在している自分」になります

バケツ=身体、中の水=自分のたましい、他の場所=この世です。

こうした構図が、あちらの世界のたましいの領域(全体)と、こちらの世界の自分(部分)との関係性となります。

私たちは日本人ですから、バケツは「メイドインJAPAN」になっています。

家族について

家族については、「家族といえども、別のたましい」なので、たましいの元となる「お風呂の水は、別のもの」となります。つまり、別のグループソウルからやってきた、今回の家族という同じ場所に集まってきた、学びの仲間同士となります。

たとえば「田中家」に集まった家族は、父も母も子も、バケツが「田中製作所」という同じメーカーのものとなり、中の水はそれぞれ違います。器の色や形も同一ではないですが、メーカーの個性がでますので共通点も存在します。すべて日本製となりますね。

親戚のバケツは、系列メーカーのようなもので、その繋がりの中には、血縁上の遺伝的な要素がふくまれたりもするのでしょう。

まれに、ふたつのバケツに入ることがある。

これは余談ですが、通常は、同時期に「ひとつの風呂から、ひとつのバケツ」となりますが、 ときどき、二つのバケツにくまれることがあります。スピリチュアリズムではそうした、2つ同時に、この世にたましいがやってきている状態を、ツインソウルと表現します。

ひとつはメイドインJAPAN、もうひとつはメイドイン・フランスのバケツに入れば、日本人とフランス人のツインソウル、ということになります。

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