前世のどこかで、会っているかもしれません。

今回の人生で経験する人との関わりは、大部分が、多少なりとも前世や過去世といわれるたましいの経験の中で、関わりをもっているものです。

家族や恩師というような関わりの深い相手だけでなく、ほんの少しの関わりの相手も、まあまあ親しい友人も、広い意味でいえば、前世であったことがある誰かである、という可能性は低くはないのです。

これは、しくみを知らなければ意外に思えるでしょうけれども、お互いに名前も認識しない程度の関わり方も含めるならば、そういう繋がりはほとんどのケースに見られるようなのです。

今世の関わりは、前世の関わりでもある。

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たとえば「自分と兄は、前世でも関係があったのではないか」とか、「気があわない上司が、執拗に自分のやることにこだわるのは、前世の出来事が関連しているのではないか」という相談をいただくとしたら、

たしかにそうした関係も、「広い意味でいえば、イエス」でしょうし、そして、兄や上司以外のそんなに親しくない人たちとも、おそらくは「広い意味では、イエス」で・・・、どこかで出会っている可能性は低くはないのです。

例外もあるでしょうから、絶対とは言いきれませんので、「低くはない」という表現に留めますが、そういうしくみになっているようです。

すべての関わりに、素晴らしい価値がある。

自分の心が動く何かがあって、印象深い関係の相手に対して、「前世で、もしかして?」と気になるものですが、その人だけでなく、他の人たちも皆、広い意味でいえば、何らかの繋がりがあるから、こうして今回も関わりをもって学びを与え合っているんですね。

そのようにとらえると、全部の人間関係が、とても不思議で、素晴らしい価値があるんだなと思えてきませんか。関わりをもつ相手に好意的になれる等の意味ではなくて、そういうこととは無関係に、霊的なしくみの構造に「感心させられてしまう」というか。

前世のしくみというのは、知れば知るほど、今世という経験の大切さがわかってきます。すべてが集約されて今に繋がっているとわかれば、意識していくべきことはやはり、今の自分自身だと気づくからです。

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