オーラの色は、多いほどいいとは限らない。その人にあった学びがある。

オーラの様子は、自分自身が反映されたものです。オーラの色には、自分の備えている性質や個性が(色として)あらわれているのです。

オーラの色が多色である人は、その色が示す性質をそれぞれ備えていることになりますから、いろんなことが得意だったり、いろんな性質をもっていたりすることを示します。

備えているものが多すぎても、定まらない大変さがある。

たくさんの色がある人は、それだけ、あらゆる経験から学びを得たり、自分に取り入れたりしている要素が多いことになりますので、いろんな要素を兼ね備えた人である、ということは言えます。

15125199 - a little pixie with a lantern sitting on a moon of stone
けれど、色が多ければ多いほどいい、ということではないですね。

いろんな要素を併せ持っていれば、中には、相反する性質のものもでてきます。たとえば、短気さと冷静さが同居していて、革新的であり保守的でありというようなことです。そうなると、意外と「大変さ」もあるのです。

使い分けも大変であり、自分で自分がわからなくなったり、常に思考や感情があちらにいったりこちたらにいったり、上がったり下がったりしやすいからです。

たとえばクレヨンに置き換えて考えてみましょう。12色のクレヨンと、24色のクレヨンを使う場合、後者のほうが繊細で完成度の高い作品を作れるかというと・・・、そうでもないですよね、ケースバイケースだと思います。

選択肢が多くても、それが必ずしもいいとは限らず、12色のほうが選択肢が少ない分、使い分けがしやすくていい作品になることもありますよね。

それと同じように、オーラの色(にあらわれている、自分の性質)も、幅がありすぎると、それを使い分けたり保ったりするコントロールも難しくなることがあります。

たくさんの要素を抱え、それらをふさわしい場面で適切に使い分けできるなら別ですが、しかし、皆がそうした器用さを備えているわけではないので、「その人にあった備わり方」がいいのです。そして、その人にあった備わり方に「なっている」ので、自分に与えられているそれを受け入れて、いかしていく姿勢でいることが大事です。

メインの色(性質)が、定まっていくのが学びというケースも。

オーラの色数が多い人で、そうした多才さをうまくいかしている人もいれば、性質がいろいろありすぎて「定まらない状態」になりやすく、いつもゆれ動いているような人もいます。

定まらない状態になりやすい人は、多い色の中から、メインとなる色がしっかり定まっていき、ゆれ動かないような状態に「なっていくこと」が学びになりますね。成長とともに、メインとサブの色の差がはっきりついていくようになります。

このようにいろんなパターンがあり、 一概に、色が多いほどいいとは言えません。どちらがよいかは、その人によりますし、その人がおかれている状態や環境にもよります。

最終的な目標として、たくさんの性質を併せ持っていくことができて、それに振り回されることなく、使い分けができる自分になれたら、それは理想的ですね。長い目で、そのような目標をもっていくことはよいと思いますが、色が多いほどいいという優劣はありませんので、自分を信じて、自分らしくすごしていけばそれが一番です。

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