朝のひらめきと、夜のひらめきの、性質の差。

直感とかひらめきといわれる現象は、スピリチュアルなセンスが実は関連しています。

人という存在は、肉体を伴っている霊的存在ですので、誰もが(広い意味での)霊感をもっていて、直感という形で発揮されることが多々あります。

一般的な傾向として、直感やひらめきが「冴える時間帯」というものがあります。それは、「朝の早い時間(起きてすぐ)」と、「夜の遅い時間」です。

どちらの時間帯が向いているかは、その人の備えている性質との兼ね合いという個人差があります。

または、直感やひらめきの内容(目的)によっても変わってきます。

朝、起きてすぐの時間帯。

朝の早い時間とは、空気がリフレッシュされているような爽快感があるものです。これは、夜の静かな時間を経過することで、あらゆるエネルギーが実際にリフレッシュされているからです。

夜中は、人の活動も限られますし、活気を放つものが昼間と比べて少ないですから、動きがしずまっていて落ち着いていますよね。

その状態に、朝の太陽による「陽」の気が降り注いで、ものごとが再スタートしていくという勢いがつきます。この作用によって、引き出されるものがあります。例えるなら「種から芽が出る」状態のような、内から外に向かって放たれていくような感じです。

そして、人の状態としては、睡眠という行為によって、心身が休っています。そして、寝ている間は、霊的な世界に意識が戻っていますから、そこで霊的な活力がチャージされていますから、ひらめきを受け取りやすいのです。

エネルギーがいっぱいで満ちていますので、「このように行動したらよさそうだ」というような、能動的な方向にいくアイデアが浮かびやすいです。

夜の、遅い時間帯。

夜は、しずまっていく時間帯です。人の活動もそうですし、太陽の光がかくれて暗くなるので、すべてが休まって、次の日に備えていく流れとなっていきます。

そういう時間帯は、昼間のようなわかりやすい刺激は少ないかわりに、余計な刺激の干渉が少ないので、その人がもつ本来のスピリチュアルなセンスが表面化しやすくなります。

身体とたましいが、休息(睡眠)の準備に向かっていきますので、その流れをうけて、意識がスピリチュアルな方面へとむかいやすいのです。夜の寝ている間は、霊的な世界に意識が戻っていくしくみが、ここでも関連しています。

そのため、どちらかといえば、行動前提ではない「思考としての思考」が広がりや深まりをみせます。普段はおもいつかないような哲学的なことが思いついたり、ひらめいたりすることもあります。

ですが、夜のひらめきというのは、アイデアとしては優れているけれども、行動として現実的ではないとか、スタートするまでの手順が山ほどあるとかの、複雑なものになりがちです。

目的によって、思考にふさわしい時間帯がある。

上記のような差がでるのは、

朝は、内→外にむかうエネルギーとして、行動の方向へいくのに対し、

夜は、外→内になるか、または、内→ さらに、内、となって、外へ向かう性質のエネルギーとならないためでしょうね。

こうした差を考慮するならば、これからどのように行動して、人生を運ばせていったらいいか、と考えるなら、行動する前提となりますので、朝の明るい時間帯のほうが思考に向いていると思われます。

自分について内省するとかの目的であれば、夜の時間帯のほうが、内側に深く意識がむきやすいでしょうね。

しかし朝の忙しい時間帯に、じっくり思考する時間もなかなかとれませんので、どうしても夜に考えてしまう、考えると思考が冴えて広がってしまい、現実的な思考ができにくいパターンにもなりがちです。

そういうときは、こうした特徴にあわせて、夜のアイデアは書き留めておき、朝になったら、エネルギーがチャージされた状態で再び読み返してみるといいいです。そこから、現実として行動できそうなものを選ぶのは、朝のほうが向いていますから、朝の冴えをそこでいかすといいですよね。

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