恋愛関係においても、お互いの「やりとり」の姿勢が大事。

恋愛、パートナーシップで悩んでいる人の中に、結構な比率で、「ひとりで恋愛をしている人」がいます。

それは、片思いのことを言っているのではありません。パートナーがいて、お付き合いをしている事実が存在していて、しかし、「ふたりの間での、お互いの恋愛」にはならずに、まるで、ひとりで恋愛をしているかのように空回りになっている人が少なくないのです。

相手の言動を、あれこれ複雑に解釈しては、落ち込んだり、考え込んだり。相手のちょっとした言動を、殊更に深読みしたかと思えば、逆に、自分のことは言わなくても分かるはず、分かってくれるのが当然、と、必要な言葉を省略したり。

相手がちゃんといて、お互いの間に、コミュニケーションをとり、関係をつくっていける位置にいながら、わざわざひとりで恋愛をしているかのような、空回り状態を作ってしまっているケースがあります。

恋愛も、人間関係の一形態です。それぞれ別の個性をもった、別の人間との付き合いなのですから、自分の頭で思ったとおりの解釈や反応になるとは限らず、実際のところは、行動してみないとわからないものです。

やっぱり、思ったとおりだった、とか、逆に、思ったこととは違う反応だった、という、さまざまな実際の積み重ねで、お互いをわかりあっていくようになります。

思ったとおりになることも、ならないこともふくめて、すべてが学びとなっていきます。

相手の反応を恐れて、複雑に考え過ぎることも、逆に、相手を考慮せずに、自分の感覚を優先してしまうことも、どちらも、「自分の世界の中のみ」で、その関係を作り上げようとしてしまっています(もちろん、本人にはそんなつもりはなく、真剣で誠実であろうとしているとしても)。

キャッチボールに例えていうなら、前者は、相手がちゃんと受け取れるかを気にして、いつまでも投げられず、手元にボールを持ったままの状態、後者は、相手の受け取りも、投げ返しも考慮せず、自分の投げ方だけを意識している状態で、「やりとり」になっていないので、いつまでも、相手のことがよくわからないままなのです。

恐れる気持ちも、自分のペースで進みたい気持ちも、誰にでもあります。しかし、恋愛とは、ふたりでするもの。お互いに、相手があってこそ、ですから、自分と相手との「間」にあるスペースに、関係が作られていくのですから、やりとりをしてわかりあっていくことを怖れずに、そこに意義を見いだしていくことが大事だろうと思います。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加