赤ちゃんや小さい子は、いきなり「時間」には馴染めないもの。

この世には、「時間」というしくみがあり、物事が変化して移り変わっていきますね。

私たちはそれを実感したり、計ったり、認めたりすることができますが、実は、あの世には(この世と同じような感覚での)時間は存在しません。

この世で生きる、私たちにとって、「時間が存在しない世界とは、どんな感じだろうか」と、想像することは、理解の範囲を超えていて、とても難しいことです。

一般的に、小さい子どもほど、時間という感覚が薄かったり、時間を守れなかったり、理解できなかったりしますよね。

物事全般の理解力もまだ育っていないせいもあるとは思いますが、子どもの頃を思い出してみれば、たとえば「その事柄にどのくらいの時間が掛かりそうか」と見当をつけることも、簡単にはできなかったように思います。

赤ちゃんや小さい子どもは、あの世という時間のない世界から、この世という時間のある世界にやってきて、まだ日が浅いので、「時間という変化の中で過ごす」感覚に、馴染むまでにしばらくの期間が必要だということなのでしょう。

年齢を重ねて、この世の感覚に馴染んでいくと、(物事全般の理解力の発達にも助けられて)時間という変化を計ることが、自然と身についていくものと思います。

私たちは、永遠のたましいの存在で、何度も生まれ変わっていますから、以前の人生(前世・過去世)では、この世の時間を経験しています。しかし、そうした過去の人生経験による優位性は、いきなりは発揮されないようです。

やはり、この世のことは、この世の肉体という機能の制限を受けますので、ほとんどの人は、小さいうちは時間の感覚が薄い状態で過ごしていくと思います。

大きくなるにつれて、時間の感覚を身につけていくことができますが、それは、この世という世界に馴染んでいっていることのあらわれであり、前世という過去の経験を思い出して発揮できるようになるためなのだろうと思います。

ちなみに、前世の生まれ変わりがあまり多くない、若いたましいの方は、大人になっても、時間の感覚がとても薄くなるというパターンもあります(全員がそうなるという意味ではないです。他にも、さまざまな条件が関連するようです)。

時間という感覚の中にも、たましいの特徴があらわれていくのは、とても不思議なものですね。

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