「・・・過ぎる」ところには、得意で秀でていることが関連している。

過敏であるところや、過剰になることは、ほとんどの場合、その方の「秀でている部分」と関連しています。

たとえば、説明がくどくて必要以上に長い会話になってしまう人がいるとします。

長すぎる、多すぎるという面はあるとしても、言い換えると「会話での説明が、難なくできている」とも言えますよね。そうでなければ、長い会話を続けることができません。

さらには、「相手に理解をしてもらおうとする、責任感が強い」のかもしれませんし、「相手のために真剣」なのかもしれません。

どれも、得意なことであり秀でているからこそ、過剰(やり過ぎ)になれるのです。

ほとんどの場合、「○○過ぎること」は、その人の得意で秀でている長所です。そうと思えない事柄でも、別の角度から眺めていけば利点となるところが見つかるものです。

上記のたとえのとおり、説明がが長すぎるとしても、それは会話が得意だったり、責任感が強かったりという長所によって、なされているように。

子どもの頃の経験を、思い出してみるといい。

「○○過ぎる」ところを分析してみると、そこに「自分の得意」が含まれています。うまくいかしていけば、それは「○○が秀でて素晴らしい」という評価を獲得することができるでしょう。

ただ、他人の「○○過ぎる」ところはわかりやすいのですが、自分の「○○過ぎる」ところはなかなか気づきにくいです。大人になるほど、立場が上になるほど、指摘されなくなるからです。

ですので、この点は、子どもの頃や、まだ社会にでる前の学生の頃などを考えてみるといいと思います。生まれ持った性質というのは、人生を通してかわらないものなので、過去からそれを見つけていくといいでしょう。

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