自分が「悪い」のではなく、「自分に責任がある」というとらえ方で。

望ましくない結果になったり、思い通りにいかなかったときに、「自分が悪いから、結果がこうなってしまった」という考え方をするのは、

一見、謙虚な姿勢のようだけれども、そうした考え方をすべてに行うことは、こじつけになって、むしろ、気づくべきところや、論点となるところがぼやけてしまう場合があるので、注意が必要です。

この世の生活は学びですから、日々、いろんなことが起こるものです。

自分のせいではないことが、自分の責任として関わってくることもありますし、誰かのしたことに、自分がまきこまれてしまうこともあります。

自分に起こることは、そうなる意味があっておこりますから、広い意味でいえば「自分の学びのため」なので、無作為に災難が降りかかったわけではありません。それはスピリチュアリズムの基本的なとらえ方です。

けれど、そうかといって、起こったことは「何もかも、自分が悪いからそうなった」ととらえてしまうのは、逆の意味で極端すぎて、スピリチュアリズムからかけ離れてしまいます。ここは極端にならないように、気を付けていく必要があります。

起こったことは、学びとして受けとめていくことは大切です。

けれど、自分が「悪い」のだから受け入れよう、とするのではなく(それではまるで、自分でしたことの罰をうけいれるべきだ、という考え方のようで偏っています)

自分の人生に起こることはすべて、自分に「責任」があるという受け止め方をしていくのがいいでしょう。責任があるから、その対処をしていくのだ、と。

必要に応じて、たとえば改善するなり、受け流すなり、乗り越えるなりしていく経験から、身につくものがでてきて、人は成長していくのだと思います。

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