自分を控えめにみせようとしすぎても、誤解を作り出すことがあります。

自分としては、プライドが高いつもりも、そういう態度をとったつもりもない、どちらかといえば「自己評価が低いほう」で、どう考えても控えめな言動をとっているし、自分アピールもしていないのに、

「プライドが高すぎる」とか、「自分が正しいと思って、相手を低くみている」というように、誤解をうけてしまう人がいます。

なぜ「あなたはプライドが高い」と他人に思われてしまうのか。

それは、「失敗したときに、なぜそうなったかの理由を述べてしまう」習慣?が誤解を招いていることが多いようです。

たとえば、自分がちょっとした間違いや取り違えをしたとして、「あ、これ違いましたね、間違えました」と言えば済むことを、

「この失敗の原因は、去年の数値を参考にしてしまったようです」と、客観的すぎる理由を言うことが「言い訳」のように思われて、「こういう理由があるから、私のせいではないの」というアピールであるように、悪くとられてしまうのです。

本人的には、ただ事実としての理由を述べただけなのです。しかし、相手からすると、客観的すぎるその姿勢が、自分は悪くないという表明に思えて、なんだかちょっと・・・とすっきりしないものを感じさせてしまうのですね。

自己評価が低い人は、こういう曲解を、自らが作り出してしまうことが多々あります。

自分のことで他人に負担を掛けるのが、申し訳ないからさせないように、と思ってしまうところがあるので、失敗した際に、原因の分析の手間や、時間的な負担を相手に掛けさせたら悪いと思い、聞かれる前から(わかっているものについては)その理由を「わかりやすく述べて、相手の雑務を除こうとする」ことが、逆に誤解されてしまうんですね。

意外と、こういうパターンは多いようです。

自分の個人的な感情を、あらわしたら相手に負担をかけて申し訳ないと思ってしまう、「そこ」を緩めてみれば、誤解はかなり減ります。

謙虚でいるのはいいことだけれども、自分を過小評価して、控えめにしようとやり過ぎると、結果として、言葉がたりないために、こうした誤解をつくりだしてしまうことがあるので、もう少し肩の力をぬいて、楽にいくほうがいいですね。

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