外面も内面も、変えやすい部分とそうでない部分がある。

肉体的な特徴、たとえば「背が高い」とか、「髪の毛が細い」とか、「鼻が低い」ということは、生まれ持った先天的なものです。

本人の努力でつくりあげるものとは違いますから、そこを「何とかすべき」とか「変えるべき」という考え方は、しませんよね。

肉体的な特徴や個性は本人の望みと必ずしも一致せず、かといって努力でどうにかできるものとは違いますから、他人や平均と比べてあれこれいうものではないと、ほとんどの人がわかっています。

それなのに、「内面」の性格や性質という形のないものは、本人の努力がたりないからだとかやる気がないからそうなるとかの、根性論でとらえられがちです。

しかし、外面が先天的な部分もあるならば、内面においても同様で、うまれもった性格や性質の特徴があります。先天的な部分と、後天的な部分があって、そう簡単に変えられることばかりではないし、こうす「べき」などと、他人が定義するようなものとも違います。

そして、変化させられる度合いが大きい、後天的な部分に対して、努力という行為の継続が「できにくい個性」を先天的にもった人もいますから、一概に「やる気」の問題ではまとめられません。

その点をふまえた理解が大切だと思います。

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